■童話■_____星を手に入れた/手に入れたい



 お星さまに願うのです。
 いつものお願い。
 きっと叶えてくれると信じているのです。
 だから、今日も冷たい夜が怖くありません。
 冷たい夜はお星さまに会える時間だから、ちっとも怖くなんかありません。



 何も持たされない子供が一心に夜空を見上げている。
 小さな背中。痩せた手足。くすんだ肌。ぼさぼさの髪で顔を覆われながら、瞳だけは夜空の星を移したみたいに
きらきらとさせて。

 青年は紳士でした。貴族の偉い人の息子。生まれながらのジェントルです。
 子供は孤児でした。たったひとりで産み落とされたわけではないのに、ひとりで生きていかなくてならない、不遇の子です。
 青年は何でも持っていました。今着ている服だって、大層なお値段です。
 子供は何も持っていませんでしたが、瞳がきらきらと輝いていました。まるで、お星さまのように。
 青年は子供の星を欲しいと思う気持ちが心に湧き上がるのに気づきましたが、知らない振りをします。彼のプライドが許さないのです。孤児を羨むなど。形ある物なら何でも手に入るのに。・・・だからこそ、青年は子供の瞳にある形ない買うことのできない星が気になります。
 子供は一心に夜空を見上げています。
 子供は立ち止まって子供を見る青年に気づきません。
 今、子供にはお星さましか見えません。子供には他に何も必要ないのです。

 きらきら、優しく輝く、無数のお星さま。
 誰の目にも映るのに、子供の瞳に映るお星さまだけ特別きらきらしています。


 手に入らないものが欲しくなるのは人の性(さが)です。
 青年は持てる力のすべてを使って、子供の瞳に映る星と同等のものを探します。
 どこを探しても。誰に聞いても、そのようなものは持っていないと言われます。

 冷たい空気にぶるりと身体を震わせ、青年はコートの襟を立てます。今夜は一等冷える夜です。
 青年はまた、子供を見た街道から見える丘を見ようと歩きます。草の茂った丘は、月明かりに照らされて、揺れる草も、息を潜める木々も、不思議な輪郭を持って見えます。幻想的な、光景だったのです。

 街道から丘を覗きますが、子供は見当たりません。
 今日は寒いからいないのか。
 青年は冷える手足に足早に家路を辿ります。

 翌日も。
 その翌日も、青年は丘を見に来ます。
 しかし、いつ来ても子供の姿を見つけることができません。
 不思議に思っているうちに、あれは一度だけ月と星が見せた幻ではなかったのかという気がしてきました。
 青年はそれからもずっと丘を気にしていましたが、ついに二度と子供を見ることはありませんでした。

 1年経って、5年経っても青年はあの子供のことが忘れられませんでした。青年の中であの日の子供の姿が鮮明になればなるほど、現実では遠のいているような気がします。青年は今もまだ何かに縋るかのように夜の街の路地を覗き込む癖が治らないままです。そうしていつも覗いていたら、いつか、いつかまたあの子供に、あの瞳の中で輝く星に巡り会えるような気がして止まないのでした。
 手に入れられなかったものほど心に残ります。青年はそれを知り、いろんなものを尊び、かけがえのないものと慈しむようになりました。

 何も持たない子供が、青年に優しさを持たせたのでしょうか? 何も持たないということは、目に見えないものをたくさん持っている証なのかもしれませんね。





(子供は冬空の冷気に息絶える。そっと静かに人知れず朽ち果てる)
(青年は所詮貴族。気になったと言っても、自らその丘に足を踏み入れようとはしなかった。その意識の違い、はじめから丘に足を踏み入れるなどという選択肢がない/思いつかないことから、二人は永遠に出会うことはない。一度だけの幻として片付けられてしまうことになる。)
(子供を死なせることは、誰の所為でもない。しかし、青年が足を踏み入れていれば違う人生があったかもしれないという可能性が生まれる。でも決して子供は不幸ではなかった。彼は彼のお星さまに迎えにきてもらっただけなのだから。)
(ここで、早々に子供の存在を無くしてしまうことは(死の暗示)安易ではないだろうか。誰もが簡単に思いつく道筋であり、つまらなくもある。ではどうすればいい? 何度も何度も青年に子供の夢を見させる。いつか、同じような子供に会う機会を無意識に探させるために。出会うその種の子供たちはとある話を信じている。おかしなくらいにその思考は類似し、誰もが笑い飛ばすことを一心にやってのける。それは一重に他に救いがないからだろうか・・・? 手に入る星と、一生手に入れられない星が存在するのだ)